明晰な概念を求められる廃棄物処理施設の設置プロセス

法学の基本は、「概念」=「言葉の定義」を明晰にすることにあると私は考えています。憲法や民法、刑法と同様に、廃棄物処理法の概念も明晰にしていかないと、この法律を正確に理解することはできません。私は法学部の出身なのですが、廃棄物処理法と知り合った当初は、この法律の概念を明晰にする作業は行なってきませんでした。なんとなく条文を読んで、なんとなくその言葉の意味を把握する、そのような曖昧な理解のままに、恥ずかしながら廃棄物処理法を分かったような気になっていました。しかし、廃棄物処理に関わる仕事を続ける中でそれが疑問に感じるようになっていきました。あるときから廃棄物に関わる専門家たちの間でさえ、廃棄物処理法に規定されているはずの言葉の使用の曖昧さが耳につくようになったのでした。そのころから私も廃棄物処理法の熟読に取り組むようになりました。

廃棄物処理法の条文を熟読してみると、概念が汚物処理という歴史の産物であったり、あるいは経済学的な要素に裏打ちされているものであったり、色々と気づくようになりました。さらには、廃棄物処理法について記述した書籍の記載も、著書によって概念が異なり、振れ幅があることにも気づきました。私は一般的に流通している廃棄物処理法や環境法関係の書籍の多くに目を通していますが、このブログでは私の理解を前提にして廃棄物処理法について書く方針です。市販されている書籍とは定義が異なることもあろうかと思いますが、特異な見解にならないよう、環境省の通知からは可能な限り外れないように記述します。

以前の記事で、「環境アセスメント」という言葉には複数の意味があると書きました。「環境アセスメント」というのは法令上の概念ではありません。この言葉は法令に規定される各種の「環境アセスメント」及び法令に規定されない「環境アセスメント」を包含した概念です。環境影響評価法に規定される法アセス、環境影響評価条例に規定される条例アセス、廃棄物処理法に規定される生活環境影響調査(ミニアセス)、法令に規定されない自主アセス、かつては要綱により規定されていた閣議アセスなど、様々なものを「環境アセスメント」と呼んでいます。

このこと自体は言葉の用法としてやむを得ない、あるいは当然なことなのですが、問題は定義が曖昧な言葉を使用して立場の異なる複数人がやり取りをしていく過程で、認識の齟齬が生じることです。廃棄物処理施設の設置などは、事業者、機械メーカー、建築士、環境調査会社、コンサルタント、行政書士、そして複数の監督官庁など多くの人物が登場し、計画を作り上げていく作業です。さらに場合によっては近隣住民や有識者などもそこに参入してきます。このような場面での認識の不一致は、致命的な失敗を生む恐れをはらんでいます。

このような認識の不一致をただのコミュニケーションの問題として片づけることは、安直ではないかと私は感じています。多数が施設の設置に関わっていくことは、廃棄物処理施設設置手続の性質上、仕方のないことです。ミーティングの機会を増やし、議事録を詳細に残してコミュニケーションを明示してみても、認識の不一致による失敗は完全になくなることはありません。そもそも、これはコミュニケーションだけが原因ではないからです。

認識の不一致による問題の本質的な原因は、言葉の定義の曖昧さにあると私は考えています。言葉が不明確だからこそ起こりうる認識の不一致を私は色々見てきました。たとえば、「運搬車両の台数は1日100台」という話を複数人が共有していたケース。「運搬車両」の定義が明確でなければ、その後の手続きの全てに影響を与える可能性が出てきます。運搬車両などという日常用語が不明確なことなどありうるのか、と疑問に感じる方もいるかもしれません。しかし、これは十分に曖昧な概念なのです。運搬車両は片道なのか往復なのか、搬入車両のみなのか、処理後物(有価物含む)や処理に伴い排出された廃棄物の搬出も含むのか、この辺りの内容を明確にしておかないと「運搬車両1日100台」だけでは言葉の意味をなさないのです。

日常用語に比較してさらにより深刻なのが、法律用語の概念を明確に共有されているかどうかの問題です。法律用語は法令である以上、一般用語以上に明晰な定義を持っていなければなりません。たとえば「廃棄物」や「産業廃棄物」も廃棄物処理法に規定される法律用語で、法令に定義もありますし、環境省通知など解釈で概念の補充も行なわれます。ここが廃棄物に関するリテラシーの問題で、これらの用語が明確な定義を持たずに一人歩きすることがよくあります。

「ここの土地で廃棄物処理施設を設置できますか?」と質問されることがあります。気を付けるポイントは「廃棄物処理施設」の概念。廃棄物処理法に定める「廃棄物処理施設」は廃棄物処理法施行令7条に限定列挙されています。ここに列挙された以外の廃棄物を処理する施設は、厳密には廃棄物処理法上の「廃棄物処理施設」ではありません。日量10tの廃プラの破砕機は「廃棄物処理施設」ですが、日量4tの廃プラの破砕施設も日量15tの廃プラの圧縮施設も「廃棄物処理施設」ではないのです。ところが、現実には破砕も圧縮も5t未満も含めて『廃棄物処理施設』と呼んでいる人は沢山います。このような言葉には法的に厳密な定義が欠けています。ある土地に「廃棄物処理施設」は設置できないが、廃棄物処理施設以外の廃棄物の処理施設なら設置できるということはありえます。厳密な定義をしない人と認識を共有しなければなりません。「あなたの言う廃棄物処理施設は廃棄物処理法に定める廃棄物処理施設のことですか、それともそれ以外の廃棄物の処理施設のことですか」と確認をしなければ、ある土地で施設を設置できるかどうかの解答をすることはできないのです。

廃棄物処理施設設置に伴い実施された生活環境影響調査においても、言葉の概念が共有されていなかったために再調査になったケースを見たことがあります。普段、何気なく使用する言葉こそが注意を要するのです。再調査になると、費用はもちろん期間もかかりますし、事前協議手続からやり直しになるというケースもありえます。

ひとつの施設を作り上げようと思えば、沢山の人が関わるしかありません。コミュニケーションの頻度だけでなく、言葉の定義を会議参加者全員で共有することが大切だと私は考えています。ある概念を、似たような概念から明晰に切り離すことこそが、廃棄物処理施設の設置に必須のスキルです。「廃棄物」と「産業廃棄物」の概念は、切り離さなければなりません。物事を議論するときに、その議論の前提がかみ合ってないと思う現場にほとんどの人が遭遇したことがあるかと思います。その原因の多くは、議論の対象になっているはずの概念が共有されていないことにあるのです。議論を嚙合わせるためには、一旦議論を止めて、会議テーブルの上に上がっている概念にずれがないかを全員で確認しなければなりません。これと同じことを、事業者と業者、業者と業者、そして監督官庁との間で綿密に行なわなければなりません。住民説明会も、先に住民との間で概念を明晰にした上で共有しない限りは有効に機能するはずがありません。

「廃棄物」とはなにか、あるいは「産業廃棄物」とはなにか。これらの問題は廃棄物処理業者には必須の基本知識でありながら、論争を呼び続ける難解な概念でもあります。廃棄物や産業廃棄物の定義を正確にできる人というのは、業界でも少数派ではないかと私は感じています。廃棄物処理法に関する問題の大多数は、定義問題ではないかと思うのです。私は法学を学んだ者として「廃棄物処理法」に登場する数々の言葉の定義を明晰にしていくという地道な作業を続けたいと考えています。私の記事では今後、廃棄物処理法に関して私見も交えながら解説をしていきます。

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